概要
東洋紡株式会社と三菱商事株式会社の合弁会社である東洋紡エムシー株式会社は、付加価値の高い機能素材を製造・販売しています。同社のコア技術を活かして製造される機能性樹脂、エンジニアリングプラスチック、環境ソリューション、高機能ファイバーなどの製品は、自動車や船舶、土木建築、電気・電子、医薬、生活資材、スポーツ用品にまで幅広く使用され、日本のみならず世界でも高く評価されています。
福井県にある同社の敦賀サイトでは、生産革新を実現する手法の一つとしてYOKOGAWAのモノづくり変革ソリューションを取り入れています。仮説検証型ワークショップとデータ解析によって、モノづくり現場で起こる課題の要因や製造に携わる人々のノウハウを整理し、現場で共有することで、一定の頻度で起こっていたトラブルを削減しました。同社はさらに、操業におけるKPIを設定し、品質変動の逸脱をリアルタイムで抑え込む新たな運転支援システムの構築に取り組み、生産革新を加速させています。
お客様の課題とソリューション
生産革新へのたゆまぬチャレンジ
敦賀環境・ファイバー工場では、これまでも生産革新のための活動を行ってきています。製造工程で糸切れなどのトラブルを起こさないよう、オペレータの製造ノウハウを共有してマニュアル化したり、皆でアイディアを出し合って製造設備の調整や改良、製造条件の設定変更をするなど、継続して改善活動を行ってきました。 工場では、さらなる運転の標準化を図るため、もっと系統立ててノウハウを整理したり、職人技を持つベテランの知識とデータとを組み合わせて活用したいと考えていました。
そんななか、工場はYOKOGAWAの仮説検証型ワークショップの存在を知りました。モノづくりに携わる人々の知見をもとにトラブルが起こる要因を仮説として立案し、データでそれを検証しながら真の要因を探るという、まさに工場が目指していた生産革新の活動に合致するソリューションでした。
DPIを用いた仮説検証型ワークショップの実施
YOKOGAWAの仮説検証型ワークショップは、トラブルの要因などについて仮説を立て、それをデータで検証していくという、課題解決プロセスを実践するユニークなコンサルティングサービスです。仮説立案は、モノづくりに携わる人々や有識者の知見をもとにしたワイガヤの議論を通じて行います。それらの仮説をDPI(Digital Plant Operation Intelligence)を用いて検証し、仮説の確からしさを精査していくことで、トラブルの要因に迫り改善アクションを検討します。現場の暗黙知も含めたノウハウを整理し、データで検証していく一連の流れを、YOKOGAWAのファシリテーションのもとで体験いただき、お客様自身に課題解決の手法を身に付けていただくことを目指しています。
ノウハウとデータを活用して改善アクションを探る仮説検証型ワークショップ
敦賀環境・ファイバー工場ではまず、機能性ファイバーの製品Aをターゲットとしてワークショップを開催することになりました。製品Aは溶解した原料を糸にし、それを延伸することで製造しますが、延伸時に起こる糸切れトラブルが課題となっていました。
2021年10月からのワークショップ(全5回)の開催にあたり、製品の開発部門、製造部門、製造設備を担当する工務部門、および品質保証部門から中心的なメンバーが選出され、その中からデータ解析を専門に行うDPIマイスターが1名任命されました。
運転標準化に向けたノウハウの整理
ワークショップが始まり、考えられる糸切れトラブルの要因や、経験豊富な現場オペレータがトラブルを抑え込むために行っている作業について、互いの持つ知見をもとにした活発な議論が行われました。工場ではこれまでもノウハウを集約する取り組みを行っていましたが、オペレータの持つ網羅的かつ潜在的なノウハウをすべて洗い出すまでには至っていませんでした。ワークショップではじっくりと腰を落ち着け、隠れたノウハウについても詳細に洗い出し、情報を整理していきました。
また、これまで工場で行われてきたさまざまな改善活動、たとえば製造装置の調整や改良、運転条件やパラメータの調整、マニュアルの充実など、製造設備の革新活動について共有し、それらの効果についても意見交換を行いました。
ワークショップで挙げられた気になる点や、仮説の候補については、次のワークショップまでにDPIマイスターがデータ解析を行うことになっています。毎回その結果を共有し、新たな仮説を立てたり因果関係を整理したりしながら、仮説の確からしさの検証が進められました。
複数の仮説のうちどれが最も大きな影響を持つか、またその根本的な要因について議論を行い、それをデータ解析を通じて確認していった結果、4回目のワークショップまでに、特に着目すべき要因が明らかになってきました。その要因を抑え込むためにどのような改善アクションを取れば良いかについてもワイガヤが行われ、DPIマイスターの行うデータ解析によって、仮説は精緻に裏付けられていきました。
ワークショップ終了後、プロジェクトメンバーがまとめた結論が現場に共有され、データを見ながら運転が行われるようになった結果、製造中のトラブルは大きく削減されました。
課題解決手法を水平展開
製品Aの成果を受け、工場は製品Bの糸切れトラブルをテーマとして再びワークショップ(全6回)を実施することにしました。製品Bは原料を反応させる重合工程と、その反応品を糸にする工程によって製造されます。
2022年10月、開発部門、製造部門、工務部門、および品質保証部門からメンバーが選出され、新たに2名のDPIマイスターがデータ解析を担当することになりました。
ワークショップが始まると、現場で認識されていた「工程の変動によって糸切れが起こる」という問題についてワイガヤが行われ、仮説が立案されていきました。このときは、糸切れが起こる近傍の工程に関するノウハウや仮説について多く議論が行われました。
一方、DPIマイスターが行っていた広範なデータ解析によると、それまでのワークショップで注目していた工程よりももっと上流側に関わりのある特徴量が存在することが見えてきました。上流側の変動がどのように物性に影響を及ぼすのか、ワークショップで各自の経験やノウハウに基づく議論が行われた結果、実際の製造装置を用いて現場で実証(現場検証)してみることになりました。
5回目のワークショップまでに現場で行われた実証結果と、データ解析の結果をもとに、プロジェクトメンバーはどのような値に着目して運転すれば安定的な製造ができるかをまとめ、指針を作成しました。このあるべき運転の姿とノウハウは製造現場に共有され、糸切れを起こさない運転ができるようなり、プロジェクトは成功裏に終了しました。
ワークショップの成果
データ解析とワイガヤを通じて、モノづくりに携わる人々のノウハウを集約し、仮説検証を行った結果、製品A、製品Bともにトラブルが大幅に抑制されました。運転の安定化が図られたことで、次のような効果もありました。
- 高付加価値・高品質な製品の安定的な製造と供給
- オペレータの負荷低減、操業効率の向上
- 工場の生産性の向上
成功の理由は、現場の皆さんがもともと持っていたノウハウが、課題解決につながる優れたレベルのものであったことにほかなりません。プロジェクトメンバーが一丸となり、YOKOGAWAのファシリテーションのもと、経験値・暗黙知だったノウハウを体系立てて整理していった結果、新たな革新が生み出されました。
運転システムの革新にむけて
敦賀環境・ファイバー工場では、現在新たな挑戦が始まっています。製品Aのワークショップで明らかになった要因をKPIとして監視しながら運転し、製造中に逸脱が起こりそうになったらオペレータにリアルタイムで通知する「新運転支援システム」の構築です。製造現場では必要な情報が必要な人に、適切なタイミングで提供されることが重要です。また、分かりやすく運転を支援するのみならず、今後増えていく新たな知見をシステムに継続して反映していける、お客様自身で運用していけるシステムであることも非常に重要です。工場では、製品Aを対象に仮説実証型ワークショップを実施し、現場での実証を行うとともに、システム要件の定義を行うことにしました。
KPIとして用いるデータについては、先のワークショップで導き出された要因についてさらに深掘りを行い、データ解析によってその有効性を検証していきました。
新運転支援システムは、YOKOGAWAのアクショナブル意思決定支援システム(ADSS:Actionable Decision Support System)を用いて構築されることになりました。運転中にシステムが4M(原料 Material/設備 Machine/人 huMan/工程 Method)の状態やKPIを監視し、逸脱が起こりそうになった場合にはその対処方法とともに、オペレータに逸脱の通知を行います。対処方法は、ワイガヤで話し合ったベテランのノウハウである「職人技」をもとに定義されています。
YOKOGAWAのモノづくり変革ソリューションの概要
これまで整理してきた多くの人々のノウハウをベースに構築されるこのシステムは、トータル2年に及ぶ現在進行形のワークショップで完成を目指しています。運用開始後にも増えていく新たな知恵を継続して取り入れ、急速に変化していく製造環境において迅速な意思決定を支援することができる、まさに東洋紡エムシー株式会社の目指す生産革新を具現化するシステムとなります。
東洋紡エムシー株式会社様の目指すトラブル究明と操業が滞りなく回るモノづくり
お客様の声
-- 仮説検証型ワークショップを利用することになった背景について
「糸切れトラブルが起こると、人の手で糸を切ってボビンにかけ直す必要があり、オペレータの負荷が増えます。その間半日ぐらい製造が止まってしまうこともありました。品質にも影響を及ぼすことがありますので、私たちにとって解決すべき重要なテーマの一つでした。」
「はじめはセンサの売り込みかなと思っていたのですが、YOKOGAWAの話を聞いていくうちに、一緒に課題解決をするワークショップだと分かってきました。課題解決を一緒にやってくれるようなソリューションはこれまで聞いたことがなかったので興味を持ちました。」
「YOKOGAWAは単なるデータ解析、問題解決だけでなく、改善アクションの実装や運転支援システムの構築までやってくれる。運転支援システムの構築は自分たちでもやりたいと思っていたので、私たちの生産革新に合致するサービスだと感じました。」
-- ワークショップに参加してみていかがでしたか?
「最初にワークショップをやるという話を聞いたときは、これで少し楽になるかなと期待を持ちました。これまで私がやってきた調整などの作業を明文化して、現場の人が誰でもできるようになれば良いと考えていました。これまでもデータは見ていて、自分なりの経験値で対応を行っていましたが、うまくいくときもあれば、そうでないこともありました。今では糸切れはほとんどなくなりましたが、本当に楽になるのは、運転支援システムができあがったときだと思って、期待しています。」
「先行して成果を出していた製品Aのワークショップメンバーから、『製品Bもワークショップやってみては』と強く勧められましたが、当初は現場の負荷が大きくなると思って面倒に感じていました。でもワークショップをやってみると、解析は専門のDPIマイスターが行うなど分業化されていて、思ったほどの負荷ではありませんでした。 製品Bは数年前に突然トラブルが起こるようになりました。考えられることはしらみつぶしにやってきたつもりですが、製造に関わる自分たちが関係ないと思っていたところや、理屈の分からない、つまり関連がないと思っていたところは見ていなかったので、完全に解決するに至れていなかったと今は思います。」
-- プロジェクトの成果について
「糸切れトラブルはほとんどなくなりました。上流工程を安定化したことで、下流側の工程も安定した結果だと捉えています。糸切れしなければ格付けの高い高品質な製品を生産量を落とさずに提供できますし、オペレータの負荷も増えません。」
「確かに糸切れは激減しました。トレンドデータを見ても安定しています。以前はトレンドデータに変動がみられていました。しかしどこか私の理屈に合わないと感じています。糸切れの要因は他にもあるように私は思っています。今後も継続して仮説検証と実証を行い、データ解析を突き詰めていけば、もっと本質的な要因が見つかるかも知れません。 なお、今回実施した改善アクションは、実は数年前にも対策候補として検討していた内容でした。当時データがきちんと解析できていれば、解決できていたかも知れません。」
-- DPIマイスターについて
「私は新人として入社してすぐにプロジェクトにアサインされたため、はじめは製造工程の知識がなく、どの工程のパラメータがどこにどう結び付くのか分かりませんでした。前任者に教わりながらデータ解析を行い、製造現場の方にその結果を見せると、さまざまな意見がもらえて参考になりました。そうやって解析のイメージを身に付けていくことができました。」
「新人をDPIマイスターに指名したのは、先入観なくデータやワイガヤに向き合えるだろうと思ったためです。現在はDPIマイスターは2名体制ですが、データを扱える人材をもっと増やしていきたいと考えています。」
-- プロジェクトが成功した要因について
「こういったプロジェクトを行う場合は、人の集め方と繋ぎ方、役割分担が大事だと考えていました。今回の課題は社内的にもハードルの高いテーマでしたが、役割分担が明確であれば、集まったメンバーの皆さんがそれぞれの能力や知見を活かして活動してくれるだろう、課題は解決できるだろうと思っていましたし、実際にワイガヤをやっていても役割分担がうまくできていると感じていました。」
「YOKOGAWAが製造業として同じ悩みを持つ仲間だということは大きいと思います。私たちだけではどうしても過去の経験などが邪魔して凝り固まってしまいがちですが、ファシリテーションを通じてこれまでにない考え方などを教えてくれました。」
-- 今後について
「新しい銘柄・製品は、開発部門が製造工程を含めて開発を行い、試作段階からは実際の製造現場に移管して実運転に入っていきます。開発段階ではベストな状態であっても、実際はそのあとに問題が出ることがあります。製造現場では設備の状態が刻々と変化するなど4Mの変動が発生するためです。理想としては開発段階からデータを活用して製造工程やパラメータを精査し、操業性や物性が満足した状態で実運転に移行できると良いと考えています。現在構築を目指している運転支援システムにも大変期待しています。」
「製造工程を全自動にする必要はないと考えています。AIも流行してきていますが、AIに与える情報は、結局は現場が持っている情報です。データを活用して現場が知見を持つことが大切です。」
「私たちの工場では、生産革新を目指してずっと活動してきており、このモノづくり変革ソリューションはそれに合致する、今までやってきたことの延長線上にある活動と言えます。課題解決のテーマには、皆が一番困っていること、現場が一番関心のあるものを選びました。今後も現場の関心が高く、結果として仕事の進め方を変えられるようなテーマを選び、生産革新を継続していきたいと思っています。」
-- YOKOGAWAへの期待
「今後は社内で、ワークショップを仕切れるファシリテータとデータサイエンティストを育成していきたいと考えています。社内だけでやると、ワイガヤはどうしても詳しい人、思いの強い人の声が大きくなりがちです。さまざまな人の知見を互いに共有できるよう、バランス良く進められる形を作りたいので、その支援に期待しています。YOKOGAWAのワークショップや解析の進め方などは私たちにない発想で、とても参考になりました。YOKOGAWAのファシリテーションを盗もうと思って見ていますが、まだできていません(笑)。」
(後列左から) 工場長 佐々邊様、開発ユニット部長・プロジェクトリーダー 西村様、YOKOGAWA 岡崎、製造ユニット部長 前川様、YOKOGAWA 太田、製造ユニット課長(製品B)早田様、製造ユニット課長(製品A) 廣瀬様、YOKOGAWA 旦野
(前列左から) YOKOGAWA 吉川、開発ユニット 山本様、YOKOGAWA 平野、開発ユニット(DPIマイスター) 百田様、YOKOGAWA 山本、開発ユニット 川元様、YOKOGAWA 國分
(職場名・役職は取材当時のものです。)
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