創薬プロセスは長期間を要し、コストも高く、多くの薬剤候補が後期臨床段階で想定外の毒性や有効性不足により失敗します。従来の標的ベース創薬(TDD)は単一の分子標的に焦点を当てますが、実際の臨床成績を左右する細胞全体の反応を見落としがちです。1 そこで近年注目されているのが表現型スクリーニングで、化合物曝露による細胞形態や機能の変化を、標的に依存せず網羅的に評価し、より包括的な創薬アプローチを提供します。1'2
表現型スクリーニング手法の中でも、セルペインティング(Cell Painting)はひときわ強力かつ革新的なアプローチとして注目されています。これは画像ベースのハイスループット表現型プロファイリング(HTPP)で、ミトコンドリア・細胞核・細胞骨格など複数の細胞内区画を多重蛍光色素で同時にマーキングし、細胞ごとの数千項目に及ぶ微細な形態を取得します。その結果得られる薬剤固有のフィンガープリントにより、研究者は作用機序(MoA)の解明、創薬プロセス早期での毒性リスク予測、さらには薬の用途転換先の発見も行うことができます。1-3
さらに、機械学習(ML)および深層学習(DL)技術との組み合わせにより、セルペインティングの可能性は一段と広がっています。1'2 国際共同プロジェクトのJUMP(Joint Undertaking in Morphological Profiling)- Cell Paintingコンソーシアム4などでは、形態プロファイリング技術が創薬に極めて有効であることを実証しています。有望化合物をより短時間で選別でき、従来の手探りでのスクリーニングを大幅に減らします。2
この記事では、セルペインティングと高解像度スピニングディスク共焦点顕微鏡の組み合わせが有望な創薬候補のスクリーニングを飛躍的に高速化し、創薬プロセスをどう変革するかを解説します。また、セルペインティングアッセイを高精度かつ再現性高く運用するための実践的なポイントも紹介します。
セルペインティングにおける細胞培養・染色・撮像のワークフロー
図1:創薬研究で一般的に用いられるセルペインティングのワークフロー
(画像出典: Odje, F. et al. (2024). Frontiers in toxicology, 6, 1401036.)2
セルペインティングアッセイは、まず細胞を培養し、マルチウェルプレートに播種してから24時間培養するところから始まります。次に、化合物を投与するとともに、陽性対照と陰性対照を用意し、さらに24〜48時間培養します。
培養終了後、細胞を6種類の蛍光色素で染色します。これらの色素は DNA、細胞質 RNA、核小体、アクチン細胞骨格、ゴルジ体、細胞膜、小胞体、ミトコンドリアの計8つの細胞内区画をそれぞれマーキングします。撮像系のチャンネル数に制限がある場合は、いくつかの色素を同一チャンネルにまとめることもあります。2
染色が完了したら、自動顕微鏡によるハイコンテントイメージングを行い、各ウェル内の複数のXY位置とZ面を撮影します。その結果、1枚の画像に数百個の細胞が含まれる多次元でギガバイト級のデータセットが得られます。2
取得した画像はCellProfilerなどの自動解析ツールにより処理され、照明ムラ補正、細胞/核のセグメンテーション、そしてサイズ・形状・テクスチャ・空間配置といった形態特徴の抽出が実行されます2。それらの数値化された形態指標が、薬剤作用や毒性評価の基礎データとなります。2
セルペインティングにおける共焦点イメージングの役割
セルペインティング用のイメージング装置としては共焦点顕微鏡が多くの利点を備えていますが、とりわけデュアルスピニングディスク方式の共焦点システムは最適といえます。
高いシグナル対バックグラウンド比(SBR)
スピニングディスク共焦点顕微鏡は、焦点外の蛍光を効率よく除去できるため SBRを大幅に向上させます。セルペインティングではSBRの改善が非常に重要であり、数値が高いほど細胞内の微細構造を鮮明に捉えられるため、特徴抽出の精度も飛躍的に高まります。レーザーパワーとカメラ露光時間を細かく最適化することでSBRをさらに最大化でき、高品質かつ再現性の高いデータ取得が可能になります。5
ハイスループット
従来のポイントスキャン共焦点顕微鏡が1点ずつスキャンするのに対し、スピニングディスク共焦点顕微鏡は回転するピンホールディスクで多数の点を並列にスキャンします。そのため画像生成時間を大幅に短縮でき、短時間で大量のサンプルをスクリーニング可能です。デュアルスピニングディスク方式では、マイクロレンズアレイ付きディスクが励起光を各ピンホールに集光するため、高いシグナル対ノイズ比(SNR)を維持したままさらに高速撮像が行えます。
低退色・低光毒性
スピニングディスクは弱いレーザー光を多数の点に同時照射するため、ポイントスキャン方式に比べ蛍光の退色と光毒性を大幅に抑制できます。セルペインティングのように再現性が求められるアッセイでは退色の少なさが特に重要です。ある報告では、スピニングディスク共焦点はポイントスキャンに比べ蛍光色素の退色を15分の1に抑え、退色が問題になる前にシグナル対ノイズ比(SNR)を最大4倍まで高められることが示されています7。
セルペインティングアッセイを最適化する4つのポイント
撮影パラメータを正しく設定する
倍率、ビニング、1ウェルあたりの撮影サイト数などの撮像パラメータは、表現型プロファイルの質を大きく左右します。セルペインティングを複数のイメージングプラットフォームで比較した最新の研究では、各プラットフォームにおける最適設定が特定されました。
図2はYokogawa CellVoyager CV8000に推奨される設定例です。6これは倍率・開口数(NA)・チャンネル数など撮像パラメータの組み合わせによってセルペインティングの解析性能がどの程度変わるかを示したものです。評価指標にはPercent Replicating(同一条件での再現性)とPercent Matching(陽性/陰性対照の識別精度)を用い、各指標を0–100%に正規化して平均した値をPercent Scoreとして総合評価しています。重複試行がある設定は平均化済みです。
図2:CellVoyager CV8000 におけるセルペインティング最適撮像条件
(画像出典: Tromans-Coia, C., et al. (2023). Cytometry. Part A, 103(11), 915–926.6)6
レーザー出力と露光時間を調整してSBRを最大化する
Yokogawa CellVoyagerシリーズの場合、まずは低レーザーパワー(20〜30%)と短い露光時間(約100 ms)で撮影を開始します。蛍光シグナルをリアルタイムにモニタリングし、信号強度が飽和せずに頭打ちになるポイントまでレーザーパワーを段階的に引き上げます。さらにSBR(シグナル対バックグラウンド比)の向上が必要な場合のみ、露光時間を適宜延長します。ただし露光を長くし過ぎると蛍光退色を招くため、退色の兆候を随時確認しながら調整することが重要です。加えて、非蛍光細胞などの適切な対照を組み込むことで基線蛍光を確立し、真のシグナルとバックグラウンドノイズを正確に判別できます。3
MIP(最大値投影)イメージングを活用する
共焦点顕微鏡は焦点深度が浅く、単一の焦点面では細胞の立体構造を十分に捉え切れません。高開口数(NA)の水浸対物レンズを用いる場合、この問題はさらに顕著です。そのため、複数の焦点面の画像を撮影し、各ピクセルについて最大シグナル値をXY平面に投影する MIPイメージングが広く採用されています。三次元情報を二次元に集約することで細胞形態の視認性が大幅に向上します。画像品質と取得速度の最適なバランスを得るには、広い視野と高解像度を両立できる20×・1.0NAの水浸対物レンズの使用をおすすめします。3
厳密なデータ解析を行う
CellProfilerなどのオープンソースソフトウェアを使えば、セルペインティング画像の照明補正、セグメンテーション、形態特徴抽出を効率化できます。境界が複雑な画像には CellPoseなどの高度なアルゴリズムを併用すると、セグメンテーション精度がさらに向上します。抽出した高次元データはUMAPなどで次元削減し可視化することで、クラスタリングや追加解析が一段と容易になります。
図3はスピニングディスク共焦点を用いたセルペインティング解析例で、次のようなフローになります。3
(A) 多重染色により1細胞あたり約3,500項目の特徴を取得。
(B) 細胞同定と特徴抽出。
(C) 機械学習で細胞集団をクラスタリング
(D) UMAPで表現型クラスタを2D表示
(E) 化学プローブスクリーニングにより薬物誘導性表現型の変化を解析
図3:スピニングディスク共焦点を用いた創薬スクリーニングでのセルペインティング解析例
(画像出典: Meyer, S. R. et al. (2024). Best practices for Cell Painting morphologic profiling.)3
高解像度の共焦点顕微鏡と先進的な計算解析を組み合わせたセルペインティングは、細胞応答を精緻かつ動的に可視化できるため、創薬のワークフローを大きく変革する可能性を秘めています。共焦点イメージング設定を最適化しながら形態プロファイリングに活用することで、研究者は化合物を効率よくスクリーニングし、作用機序を早期に予測し、後期段階での失敗を抑制してコストを削減し、開発期間を短縮できます。
セルペインティングアッセイを最大限に活かす具体的な手法をまとめたホワイトペーパーを公開しています。ぜひダウンロードしてご覧ください。
https://pages.yokogawa.com/cellpainting-whitepaper
参照
1.Seal, S., Trapotsi, M. A., Spjuth, O., Singh, S., Carreras-Puigvert, J., Greene, N., Bender, A., & Carpenter, A. E. (2024).
A decade in a systematic review: The evolution and impact of Cell Painting. bioRxiv: The preprint server for biology,
2024.05.04.592531. https://doi.org/10.1101/2024.05.04.592531
2.Odje, F., Meijer, D., von Coburg, E., van der Hooft, J. J. J., Dunst, S., Medema, M. H., & Volkamer, A. (2024).
Unleashing the potential of cell painting assays for compound activities and hazards prediction. Frontiers in toxicology, 6, 1401036.
https://doi.org/10.3389/ftox.2024.1401036
3.Meyer, S. R., Suzuki, M., Jan, K., Hagimoto, M., & Sexton, J. Z. (2024). Best practices for Cell Painting morphologic profiling –
Every cell in focus [White paper]. Yokogawa. Retrieved from https://pages.yokogawa.com/cellpainting-whitepaper
4.Joint Undertaking for Morphological Profiling (JUMP) Cell Painting Consortium. (2024).
Retrieved from https://jump-cellpainting.broadinstitute.org/
5.Meyer, S. R., Suzuki, M., Jan, K., Hagimoto, M., & Sexton, J. Z. (2024). Best practices for Cell Painting morphologic profiling –
every cell in focus. Microscopy Today, 32(6), 30-36. https://doi.org/10.1093/mictod/qaae099
6.Tromans-Coia, C., Jamali, N., Abbasi, H. S., Giuliano, K. A., Hagimoto, M., Jan, K., Kaneko, E., Letzsch, S., Schreiner, A.,
Sexton, J. Z., Suzuki, M., Trask, O. J., Yamaguchi, M., Yanagawa, F., Yang, M., Carpenter, A. E., & Cimini, B. A. (2023).
Assessing the performance of the Cell Painting assay across different imaging systems. Cytometry. Part A : The Journal of the
International Society for Analytical Cytology, 103(11), 915–926. https://doi.org/10.1002/cyto.a.24786
7.Wang, E., Babbey, C. M., & Dunn, K. W. (2005). Performance comparison between the high-speed Yokogawa spinning disc confocal
system and single-point scanning confocal systems. Journal of microscopy, 218(Pt 2), 148–159.
https://doi.org/10.1111/j.1365-2818.2005.01473.x
8.Wang, X., Allen, W. E., Wright, M. A., Sylwestrak, E. L., Samusik, N., Vesuna, S., Evans, K., Liu, C., Ramakrishnan, C., Liu, J.,
Nolan, G. P., Bava, F. A., & Deisseroth, K. (2018). Three-dimensional intact-tissue sequencing of single-cell transcriptional states.
Science (New York, N.Y.), 361(6400), eaat5691. https://doi.org/10.1126/science.aat5691
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