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“世界初”を当たり前に ~ AIによる実プラントの自律制御を成功させたENEOSマテリアル様

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概要

ENEOSグループにおいて素材事業を担う株式会社ENEOSマテリアルは、合成ゴム、熱可塑性エラストマー、ラテックス等の研究開発、製造、および販売を行う化学会社である。同社の高品質な製品は、自動車・工業用品や、履物などの日用品に広く用いられている。

同社の四日市工場では、世界初の試みとなるAIによる長期間の実プラントの運転を実現した。現在も稼働しているYOKOGAWAの自律制御AIは、これまで自動化が難しかった箇所の運転を自動化し、省エネと製品品質を両立。プラントは今日も“世界初”を当たり前のように使いこなしている。

株式会社ENEOSマテリアル

 

プロジェクトについて

AIによるプラント制御の実証を目指して

2020年(令和2年)、YOKOGAWAの小渕恵一郎は、そろそろAIでプラントの直接制御ができないか、実証を行いたいと考えていた。FKDPP(Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)は、YOKOGAWAが奈良先端科学技術大学院大学と共同開発した自律制御用強化学習AIである。小渕はスマート保安技術の実証に補助を行う経済産業省の産業保安高度化推進事業の一つとして、世界に類を見ないAIによるプラント制御の実証を行うことを決意。実証パートナーとしてENEOSマテリアル(当時・JSR株式会社)に声をかけた。同社が新しい技術に対していつも前向きだったからである。

折しも生産技術部長の桝谷 昌隆氏と小渕は、経済産業省が整備する「プラント保安分野AI信頼性評価ガイドライン」の策定委員としてともに活動していたこともあり、話はとんとん拍子に進んだ。桝谷氏をはじめとするENEOSマテリアル側は、自律制御AIの実証と聞いてすぐに適用したいプラントを思い描いていた。それが同社四日市工場のブタジエン生産プラントであった。

目指すゴール

2020年8月、四日市工場 製造部 製造第三課 第一係のプロジェクトメンバーとYOKOGAWAとの共同実証作業が始まった。当該部門が選ばれたのは、合成ゴムの原料となるブタジエン生産プロセスの蒸留塔において、かねてより解決したい課題があったからであった。

高純度のブタジエンを抽出するための蒸留塔では、沸点の近い物質とブタジエンとを効率良く分離するために、蒸留塔内のレベルおよび蒸留塔に与える熱(廃熱・スチームを使用)を適切に保つ必要がある。塔内のレベルの変動は品質低下を招き、スチームを大量に使用すると省エネやコストに影響が及ぶ。品質と省エネの両方を意識しながら、塔内のレベルを一定に保ちつつ、熱系統の二つのバルブを調節する必要があった。しかし外乱が多いこともあり、DCSやAPC(Advanced Process Control)では制御しきれていなかった。そのため手動での制御が多く発生し、オペレータの作業負荷が高くなってしまっていた。
プラントではその二つのバルブの制御をAIにやらせてみようと考えていた。

一方、YOKOGAWAはこの実証を通じて、自律制御AIによるプラントの直接制御が可能なこと、さらにはPIDやAPCが不得意とする制御にも自律制御AIが対応できることを証明したいと考えていた。

ENEOSマテリアルとYOKOGAWAは、自律制御AIによるMV操作までを目指して活動を開始した。とは言え、新型コロナウイルスの影響で、両者が直接顔を合わせることがないままプロジェクトは進められた。

四日市工場の製造設備
四日市工場の製造設備

実証試験までのステップ

ENEOSマテリアルとYOKOGAWAは、次のようなステップでFKDPPによる実プラントの制御を成功させた。このとき生成されたAI制御モデルは、世界初*1、35日間にわたるAIによる運転を実現した。(2022年1月17日~2月21日)
プレスリリース:https://www.yokogawa.co.jp/news/press-releases/2022/2022-03-22-ja/

実証試験までのステップ

  • Step 1: プラントシミュレータ(OmegaLand)上に実プラントのプラントモデルを構築し、シミュレータ上でFKDPPに学習させ、AI制御モデルを生成。
  • Step 2: 現場の知見やデータに基づき、生成されたAI制御モデルを評価し、ブラッシュアップ。AIが提示したMV値をオペレータがDCSに入力する形式で、実プラントでの運転を実施。
  • Step 3: FKDPPが自律的に制御を実行。

AI制御モデルのブラッシュアップ

定期修理を挟んで2022年4月からは、さらに安定性を高めた新しいバージョンのAI制御モデルが用いられることになった。ENEOSマテリアルはAIの運転中の挙動、データ解析やノウハウを元にした改善のためのアイディアをYOKOGAWAに伝え、YOKOGAWAはそれらを反映しAI制御モデルをブラッシュアップした。品質と省エネを最大化するという複雑な条件であったが、FKDPPは自らが学んだモデルを用いて、効率良く二つのバルブを操作し続けた。その運転期間は約一年間に及び、ENEOSマテリアルは世界初の自律制御AI*2 によるプラントの長期間自律制御という輝かしい記録を打ち立てた。
プレスリリース:https://www.yokogawa.co.jp/news/press-releases/2023/2023-03-30-ja/

プロジェクトの成果

FKDPPを用いた運転は現在も続けられており、プラントではAIが「当たり前」のものとして活用されている。これまで自動化できていなかったバルブ操作を自動化したことで、次のような大きな成果がもたらされた。

  • 自動化によるオペレータ負荷の低減
  • プロセス安定化により品質の良いブタジエンを安定的に生産
  • スチーム使用量を40%削減、省エネとコストダウンの両方を実現

FKDPPによる運転はすでに品質等の基準を十分満たしているものの、現在プラントではAI制御モデルのさらなるブラッシュアップに挑戦している。目指すのは、プロセスを究極まで安定化する最高クラスのAI制御モデルの構築である。

 

お客様の声

Q. プラントにAIを導入すると初めて聞いた時にどう思いましたか?

「とても面白そうだと思いました。私たちの企業風土は、新しい技術を積極的に取り入れるなど、とてもポジティブな風土です。私たちはこれまでもITやDXに取り組んでおり、ドローンによる設備点検、画像データを用いた合成ゴム製品の異常検知など、さまざまな改善活動を行ってきていました。AIもその一つです。」

「このプロジェクトのメンバーに選出されたとき、とてもワクワクしました。自律制御AIという最新の技術に触れる機会に恵まれ、感謝しています。」

四日市工場 製造部 製造第三課長 深見様、 製造第三課 第一係 矢田様
四日市工場 製造部 製造第三課長 深見様、 製造第三課 第一係 矢田様

Q. 当該のバルブ制御は難しいのですか?

「DCSやAPCによる自動化を試みていましたが、なかなか自動化ができずにいました。オペレータは蒸留塔内のレベルへの影響を考慮しながらバルブを制御しなければならず、外乱が起これば頻繁に手動介入しなければなりませんでした。オペレータの負荷がとても高くなっていました。自動化・省エネ・コストダウンの達成は、誰もが望んでいたことなのです。」

Q. 自律制御AIによる実プラントの制御に対して、不安はありませんでしたか?

「不安はまったくありませんでした。それに、私たちのプラントには安全計装システムなど安全のための装備が元々備わっていますし、うまくいかなければAIを停止させて通常のDCSによる運転に戻せば良いだけです。」

「現場のオペレータは最初は不安に感じていたようです。35日間の連続運転にチャレンジした際は、私の携帯電話に何回も『AIを止めても良いか?』と電話がかかってきました。FKDPPが自分たちのやらないようなバルブ操作をすることがあるので、オペレータたちは最初は少しナーバスになっていたようでした。今は彼らは安心してFKDPPに運転を任せているようです。」

Q. FKDPPによる運転状況はいかがですか?

「現在は、目標としているレベルに対してプラスマイナス5%の範囲で運転するようなモデルを使用しており、そのとおりに制御が実行されています。」

「二つのバルブを同時に操作することは人間にはできませんが、FKDPPにはそれが可能です。また、FKDPPが人間では思い付かないようなバルブ操作を行うことがあるのですが、それを見て私たち人間が新たなノウハウを得られることもあります。」

Q. 自律制御AIであるFKDPPへの信頼度はどのくらいですか?

「FKDPPの信頼度、現在のAI制御モデルの信頼度は100%です。現在新しいモデルを構築している最中ですが、それがもしうまく動かなくても、今のモデルにすぐ戻せるので安心しています。」

Q. 「世界初」のすごいことを実現されましたが、御社内からの反響はありましたか?

「お陰様で社長表彰を受賞しました。」

「ENEOSグループの社員から『“あの”製造第三課第一係の人ですよね?』と声をかけられることがあります。グループ内での注目度も高いと感じています。」

「プラントの若手メンバーを集めて、AIのワークショップを開催しています。参加者に『自分のプラントにFKDPPを導入して自動化したい箇所はありますか?』と質問したところ、想像以上に多くの回答がありました。人間にできないところもAIなら自動化できる、という意識が浸透してきているように感じています。」

四日市工場 製造部 製造第三課 第一係長 鈴木様、 製造第三課 第一係 舘様
四日市工場 製造部 製造第三課 第一係長 鈴木様、 製造第三課 第一係 舘様

Q. YOKOGAWAへのコメント、期待をお聞かせください。

「新型コロナウイルス感染症のせいでオンライン会議しかできず、YOKOGAWAさんと初めて会ったのは最終報告会のときでした。直接会えていたら、もっと気軽に情報共有ができたのにと思いますが、週一回のオンライン会議、必要なデータのやり取りを行い、プロジェクトを成功させることができました。」

「そんななかでもプロジェクトは着実に進みました。密接にコミュニケーションをとりました。私たちが提供したデータに対し、YOKOGAWAは毎日コメントをくれるなど、丁寧に対応してくれました。」

Q. 今後のチャレンジについてお聞かせください。

「現在も満足できる状態ではありますが、蒸留塔のレベルの安定性を上げ、目標値のプラスマイナス 2%ぐらいで運転できるまでに高めたいです。それが実現できればオペレータの負荷ももっと減ります。レベル、品質、最終製品である合成ゴムの品質、省エネをもっと安定させたいです。」

「自律制御AIを下流工程である重合プラントにも広げていきたいです。重合プロセスは難しいチャレンジになると思いますが、なによりも、私たちの経験したような成功体験を全社に広げていきたいと考えています。」

「これまで改善テーマはやり尽くしたと感じていましたが、AIのような新しい技術の導入は、私たちがやるべき改善がまだまだあることを示してくれました。」

製造第三課の皆さんとYOKOGAWAの小渕
製造第三課の皆さんとYOKOGAWAの小渕

(所属・役職は取材時のものです)

*1:2022年2月横河電機調べ。(化学プラントにおいて、AIが操作量を直接変更するものとして。)
*2:自律制御AIとは、「自らが最適な制御方法を導き出し、経験していない状況でもある程度自律的に対応できるロバスト性の高さを持つもの」とYOKOGAWAでは定義している。

横河電機本社ショールームでは、FKDPPによる三段水槽の制御の様子をご覧いただけます。
横河電機本社ショールームでは、FKDPPによる三段水槽の制御の様子をご覧いただけます。

 

業種

  • 化学

    化学品製造の新しい“あたりまえ”を創出する DX ~ ワークキングスタイル変革の実践 ~

    私たちの暮らしと日本のものづくりを支える化学産業。石油化学、機能性化学、ライフサイエンスなど分野も広く、製造現場が抱える課題や解決方法は多様化しています。「人」を中心として化学品製造業を取り巻く環境も大きく変わりつつある今、YOKOGAWA はDigital Transformation (DX) により実現される「新しい働き方」についてお客様と共有し、共にプラントの価値最大化を目指します。

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関連製品&ソリューション

  • AI Product Solutions

    プラント等のお客様の課題に対し、AI技術を活用した具体的な解析実績を積み重ねてきました。これらの実績と要素技術を活かし、現場で手軽に使えるAI製品群をご用意しました。予兆検知や未来予測などのAI機能を手軽に導入することができ、効率改善などが期待できます。

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