Well-being

テクノロジーの力で、生物の謎を解き明かす

有史以来、人類はずっと感染症と闘い続けてきました。新たなワクチンや抗ウイルス薬が開発され、医療は大きな進歩を遂げてきましたが、依然として脅威を排除できないことが、ウイルスの適応力の高さや捉え難さを証明しています。そして今日もなお、世界は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という名の新たな脅威に苦しめられています。現在、COVID-19に打ち勝つべく、ワクチンの開発が進められています。しかし、ウイルスの細胞への侵入防止、増殖の阻止や遅延、感染した細胞の回復や健康な細胞への置換などを実現するには、これまでにない最先端の専門知識やテクノロジーが要求されています。

ウイルスに勝つには、まずウイルスを知れ

― ウイルスの拡散を防ぐには、ウイルスの複製の謎を解き明かす必要がある

これまで人類は、危険な細菌が人の健康を脅かすことを防ぐため、優れた治療薬を開発してきました。14世紀のヨーロッパでは、腺ペストが当時の世界人口の約3分の1に相当する人命を奪いましたが、この疫病が再び流行することはないでしょう。細菌は、宿主がいなくても生き延びることができる単細胞生物であり、抗生物質で比較的容易に治療ができます*1。しかしウイルスは、宿主の細胞に侵入しない限り、生き延びて増殖することができません。つまり、ウイルスの活動を抑制するためには、ウイルスが乗っ取った細胞も殺さなければならないのです。

ウイルスは細菌の10分の1から100分の1の大きさであり、遺伝情報(DNAまたはRNAのゲノム)と、これを保護するタンパク質の殻で構成されています*2, 3。ウイルスは細胞に侵入し、細胞の「タンパク質工場」ともいうべきリボソームを利用して、細胞が正しく働くために必要なタンパク質ではなく、ウイルスの遺伝情報に従ってウイルス性タンパク質を合成します。

人体には、200種類以上、約30兆個もの細胞があり、それぞれが連携して働くとともに、類似の細胞が集まって臓器や組織を形成しています*4。細胞機能に異常が生じると疾患につながる可能性があるため、細胞が変質する理由や仕組みを理解することが極めて重要です。

試験管培養

「現在流行している感染症の出現が人類の健康や社会的・経済的な健全性に与える影響は計り知れません。ウイルスの侵入、感染、複製という段階に関する理解が深まれば、ウイルス性疾患を抑制できる可能性は高まります」
-Dr. Yohei Yamauchi, Associate Professor in Virus Cell Biology, University of Bristol, UK

興味深いことに、細胞にはそれぞれ独自の特徴があります。観察することでその人についてより多くを知ることができるように、細胞も継続的に観察することによって、その特質を知ることができます。これは、外的影響がいつ細胞に変化をもたらすかを知るうえで有益です。例えばがんの場合、細胞ががん化する時期を測定できるようになります。しかし的確な情報を得るためには、個々の細胞レベルにおいて、がん組織の動態を分析する必要があります。

医学の常識では、がんの転移は個別の細胞が転移能力を獲得したときに始まるとされています。しかし、転移能力を獲得する細胞としない細胞があるのはなぜでしょうか。そして、転移する細胞を早期に見極めて阻止するためにはどうすればよいでしょうか。その答えはおそらく、個々の細胞の病理機序や、近傍の細胞との相互作用を詳細に分析しなければ得ることができません。

女性研究者

革新は目前に

― YOKOGAWAの技術革新に対する飽くなき探求が、驚異的な成果をもたらします

YOKOGAWAは30年以上にわたり、計測、制御、情報の技術を駆使して、さまざまな機器やシステムを開発してきました。近い将来には、個々の生細胞内の分析までが可能になる見込みです。この歴史的な偉業の達成に貢献する画期的な製品が、1996年に製品化された、マイクロレンズ付きニポウディスク方式の共焦点スキャナユニット(CSU)です。

低光毒性・低退色で高速に3D画像を取得できる技術と、ディープラーニング機能を備えたYOKOGAWAのハイコンテント解析ソフトウェア「CellPathfinder」を組み合わせることで、少量の細胞サンプルから位置情報と形態情報(細胞の形状、形態、構造、大きさなど)を詳細に解析できます。また、従来解析が難しかったラベルフリー(非染色)画像も、独自のデジタル位相差技術を用いることで、高い認識精度で解析することができます。

またYOKOGAWAでは、高度なイメージング技術に加えて、完全自動化された1細胞解析ソリューションの開発も進めています。実用化を進めている細胞サンプリング装置には、直径わずか数㎛のチューブ状のマイクロピペットが使用されています(1㎛は100万分の1m、ピペットは一定容量の液体・個体を吸注入するための管のこと)。また、この装置は一つひとつの細胞に対して操作できるだけでなく、細胞内部の成分の収集にも用いることができます。従来、こうした処理は手作業で行う必要があり、ベテランの研究者でも1細胞あたり30分以上の時間を費やしていました。自動化によって多数の細胞を採取することができれば、創薬研究は大きく加速していくでしょう。

科学者がウイルスに対する細胞の反応を調べる際、以前は培養液中の細胞サンプルにウイルスを無作為に“振り撒く”必要がありました。しかし、この方法では、どの細胞が感染したかを正確に知ることは非常に困難です。そこでYOKOGAWAは、ナノピペットを用いて薬剤などを各細胞に自動注入できる超低侵襲スマートインジェクター「Single Cellome Unit 『SU10』」によって、1細胞解析の高精度・高効率化を実現しています。これは、抗ウイルス薬を注射して有効性を評価する目的にも使用でき、抗体遺伝子の注入に使用すれば、抗体産生細胞の生成につながる可能性もあります。

こうした最先端のテクノロジーは、これまで実現不可能だった実験への扉を開き、新薬の発見や疾患の原因特定などライフサイエンス分野での応用に大いに貢献するでしょう。

「大きなリスクを負って遠くに行こうとする人だけが、どこまで行けるかを知ることができる。」
-T.S. Eliot, American/British poet, preface to Transit of Venus: Poems (by Harry Crosby, 1931)

YOKOGAWAが提供するこれらのテクノロジーは現在、COVID-19研究の最前線で活躍する英米の研究者をサポートしています。ウイルス感染のプロセスや、ヒト細胞が損傷を避けるための自己防衛メカニズムの観察、さらにはウイルスのライフサイクルの研究やウイルスに効果的な薬剤の発見・開発にも貢献しています。

今日の世界は、不確実性のベールに包まれています。この危機的状況は産業界に衝撃を与え、日常生活を一変させ、社会を根底から揺るがしました。そして、世界中の人々が、大きな制約を受けています。これまで当たり前だと思われていたものが、今では失われた自由として嘆かれています。世界はこれまでにない変化を強いられており、その結果、人々の価値観や行動意識が変化しています。

創業から100年以上にわたり、社会に貢献することこそがYOKOGAWAの企業としての使命、存在意義であると考えてきました。優れた技術力と洞察力を生かして、重要なイノベーションを社会にもたらしています。企業が自らの存在意義を見直さざるを得ない状況にある今、長年にわたり技術力を社会的課題の解決に生かしてきたYOKOGAWAには、一歩先を見据えて歩んできたという自負があります。

YOKOGAWAは、その技術力を生かして次世代の人々の健康と繁栄に資することが社会における目的であると考え、研究者のたゆまぬ努力を積極的に支援し続けてきました。YOKOGAWAの強力なモチベーションと実行力は、世界が新たな時代の課題を克服する解決策を待ち望んでいる限り、いつまでも変わることはありません。


参考文献

*1 : “Plague was one of history’s deadliest diseases — then we found a cure”; National Geographic Online, July 2020
*2 : DNA=deoxyribonucleic acid. (デオキシリボ核酸)
*3 : RNA=ribonucleic acid. (リボ核酸)
*4 : “What Are Humans Made Of?”; Earth.com, August 2019