Well-being

YOKOGAWAの
ライフサイエンスビジネス

21世紀は生命科学(ライフサイエンス)の時代と言われている。ライフサイエンスの概念は創薬・医薬だけに留まらず、医療、食品、農業、化粧品など人類が健康で豊かな生活を送れる活動を広く意味するものになってきている。ES/iPS細胞による再生医療や創薬、細胞を遺伝子レベルで分析して患者個々人に最適な治療方法を施すプレシジョンメディシンなど人類の未来を切り拓く世紀の大事業が注目されているが、その大事業にYOKOGAWAの細胞計測の技術が貢献できる可能性が高まっている。

「やわらかいもの」を測る。約30年前、当時の会長であった横河正三が研究開発のテーマとして投げかけた。このことがきっかけで、YOKOGAWAはバイオテクノロジーの研究に取り組むことになる。既存事業と関連が深い石油のオクタン価の計測から、食品の鮮度や果物の熟度の測定、おいしい水や日本酒の吟醸度の測定、臭いの測定などいくつかのテーマが立ち上がった。そして、ユニークなテーマの中から当時の研究者たちが事業化に向けたテーマとして選定した「やわらかいもの」が細胞である。折しも1987年に利根川進氏が日本人初のノーベル生理学・医学賞を受賞して、バイオテクノロジーが世界的に注目されはじめた時代であった。そうした時代を背景に、当時の研究者たちは細胞計測に未来への可能性を感じ取ったのだろう。

開発者たちには生きた細胞の素早い動きをとらえるにはYOKOGAWAが事業で培ってきた光やサーボの技術が応用できそうだという直感があった。そこで、開発責任者は開発メンバーを大学や研究機関に出向させて、実際に解剖や細胞培養の実習に参加させながらバイオ研究者のニーズを探索させた。その結果、バイオ研究者たちは「静止画像ではなく、生きた細胞が動いている様子をリアルタイムに高感度・高精細で観察したい」というニーズを持っていることを把握したのである。共焦点顕微鏡で蛍光を用いると、通常の蛍光顕微鏡よりも鮮明なイメージングを得られることがわかっていたこともあり、生きた細胞を見るための「高速共焦点顕微鏡ユニットの開発」という新製品のイメージを描きながら、具体化させていった。

開発に着手して10 年後の1996 年、細胞を測る最初の製品「顕微鏡用共焦点スキャナユニット CSU10」を発売した。当時、バイオ生物の分野で全く無名だったYOKOGAWAの製品に興味を示した研究者は極僅かで、市場ではまったく注目されなかった。そこで、開発者たちはCSU の試作機を自ら抱えて日本中の生物研究者を片っ端から訪問したそうである。生物研究者たちの前で実機によるデモを行い、CSU の優れた性能を実際に体験してもらうという地道な努力を重ねて、少しずつ認知度を拡げていった。

エンジニアと医者

発売のタイミングが生物顕微鏡の周辺技術の進歩と重なったことは幸運だった。なかでも、後(2008 年)にノーベル化学賞を受賞する下村脩氏が発見した緑色蛍光タンパク質(GFP: Green Fluorescent Protein)が実用化されて、あらゆる細胞を生きたまま観察できるようになったことは大きかった。当初、CSUは細胞観察の対象を脳と循環器のみで想定していたが、下村氏の発明により、あらゆる細胞を観察対象にすることができるようになったのである。他にも、蛍光タンパク質を励起する顕微鏡の光源は重厚長大なガスレーザから小型安価な固体レーザへと置き換わり、顕微鏡のセンサである撮影カメラはアナログ方式からデジタル方式へ進化して、性能が飛躍的にアップした。 さらに、デジタル化に伴う各種ソフトウェアが登場し、細胞の画像取得から加工(画像処理、解析、表現、記録) が極めて容易になった。研究成果は可視化できるようになり、論文の説得力は過去に比べて格段に向上した。研究者にとって高性能な顕微鏡は欠かせないツールとなったのである。

GFPをはじめとする蛍光タンパク質とCSUの組み合わせで、細胞を生きたまま観察することが可能になったことにより、「ライブセルイメージング」という新たな観察手法が創り出された。長時間観察しても生きた細胞に与えるダメージが小さいというCSU の特長は次第に評判になり、ついにはライブセルイメージングのデファクトスタンダードとして、世界中で認知されるようになった。2002 年、2003年の2回にわたって、CSUで撮影された画像がNature誌の表紙を飾り、Science 誌は生きた細胞の代表的観察方法としてYOKOGAWAの方式を紹介してくれた。

まさに今、ライフサイエンスの時代である。人々の健康や暮らしの豊かさを支える産業はSDGsのゴールに関わりの深い社会課題の解決に直結する領域である。ライフサイエンスの技術の進歩は、社会経済に大きな変化を起こしながら新たな市場を創出し、拡大していくのではという期待がますます高まってきている。ただ、多くにおいてはプロセスがまだ確立されておらず、ビジネスプロセスは複雑である。規制や規格対応は厳しく、安全性や品質への要求は高い。

これまでYOKOGAWAはCSUをはじめとするライフサイエンス研究を支える製品を開発してきた。又、医薬品・食品プラント向けに計測、制御、情報技術を活用したソリューションを提供し、操業の最適化、生産性の改善、安全性の向上を支援してきた。今後はこれらにおける知見やノウハウ、研究開発部門の最先端の技術を活用しながら、医薬品・食品産業のお客様の研究・開発・生産・物流などのバリューチェーン全体にわたって、お客様のビジネスに貢献できるサービスビジネスに挑戦していく。

本記事は横河技報Vol.60, No.2 (著者:横河電機 常務執行役員 山崎正晴)に掲載したものを基に使用しています。