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YOKOGAWA×宇宙 | 座談会

――今回のテーマは「SDGsが拓く宇宙ビジネス」です。YOKOGAWAの中期経営計画で示された探索領域として防災、宇宙、海洋が挙げられ、そもそもなぜYOKOGAWAが宇宙なのかという、唐突感を覚えた人も少なくないと思います。この中期経営計画の検討に携わり、イノベーションセンターでも宇宙というテーマで研究をされている内田さん、なぜYOKOGAWAが宇宙をターゲットにしているのかという点について簡単にお話いただけますか。

座談会メンバー

* 2022年4月に組織名称が「宇宙事業準備室」から「宇宙事業開発室」に変更されました

内田:
まず、昨今の社会課題として、人口が今後グローバルレベルで増大するのに伴って、食糧やエネルギーの不足が加速していくと考えられます。こうした流れの中で、ニューフロンティアである宇宙と海洋で人類が活動するための開発への機運が高まっています。もう一つはNASAのアルテミス計画に主導されるように、国家レベルで月面や月の周回軌道上を開拓していく流れがあり、これを機にエネルギーシステムを循環型のサステナブルなものにしていく動きがあります。

YOKOGAWAの宇宙との付き合いは実は古く、人工衛星スプートニクが打ち上げられた5年後の1962年からになります。人類の宇宙の歴史の中でも比較的早い時期から宇宙と関わりがあり、当時はNASAのロケットに電離層の測定機を納入した実績もあります。今後YOKOGAWAがサステナブルなビジネスを進めていく中で、地球と人類の持続性を支援するソリューションの開発が求められるわけですが、その解決策を検証するためのテストベッドとなるというのが、今の宇宙に対する見立てです。

このテストベッドでは宇宙を使い尽くす姿勢が重要だと考えていまして、宇宙を場所として開発する、宇宙空間を利用する、という大きく分けて二つの側面があります。宇宙開発という観点では、まずは月面開発が重要です。資源開発だけでなく、月面上で生産活動が行われることを視野に入れた時、YOKOGAWAとしても早期に参画して貢献できることがあると考えています。一方宇宙空間の利用に関しては、地球上を宇宙から観測したデータの活用や、宇宙空間における微小重力下での実験をはじめとするライフサイエンス領域での活用など、地球上での活動に展開できる価値が挙げられます。のこうした取り組みの中で、YOKOGAWAに対する社会的なイメージも変革することができると思いますし、従業員、株主の方も含め、より多くのステークホルダーのエンゲージメント向上が見込めるのではないかと考えています。

――宇宙ビジネスには、宇宙開発と宇宙利用という二つの柱があるのですね。

内田:
まず宇宙利用の観点からは、人工衛星から得られるリモートセンシングデータを使って、地球上の産業オペレーションを高度化するための研究開発を進めています。また、宇宙空間を場として使うという形で、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」にYOKOGAWAの製品を持っていき、宇宙という環境下で行っているライフサイエンス実験への貢献実績もあります。

Yokogawa×宇宙_内田

――一方の宇宙開発の観点からは、いかがでしょうか。

内田:
月面での恒久的な産業構築に向けたサプライチェーンの構築、あるいは主要な資源とされる月面の水の探査など、YOKOGAWAとして貢献していく領域を探索している状況です。

――YOKOGAWAはもともとIA(Industrial Automation)をビジネスの柱としていますが、これを宇宙に広げ、しかもそれをリアルなビジネスとして展開するために、白津さん、福間さんの宇宙事業準備室が貢献しているのですよね。

白津:
はい。これまでもYOKOGAWAは宇宙の事業に関わってきていて、また、横河計測の計測器がJAXAの宇宙設備や宇宙実験などで使われ、活躍してきました。そしていよいよアルテミス計画などを巡り市場も大きく膨らみ、特にNASAの民間活用プログラムが機会となりニュースペースというビジネス領域が出てきました。このニュースペースはオールドスペースに対するものですが、オールドスペースが今までの国の予算ベースの宇宙開発や宇宙利用であるのに対し、ニュースペースは民間企業が中心となる宇宙開発、宇宙利用のことで、この後者のビジネスが大きくなってきています。そうした中で、宇宙事業準備室が恒久組織として2021年の9月に発足しました。

福間:
宇宙で活かせる技術というのは、地上ですでに使っている技術を無重力に対応させたり宇宙の放射線に対処したりできるようにして、宇宙向けに展開していきます。全く新しく作り出すわけではなく、すでに各研究開発系の部署で持っている技術を生かしていくことになります。その際には、開発を進めるのと同時並行で、契約などの事務処理も進めなければなりません。これらに各部署それぞれで対応するのは、なかなか大変なことです。そこで、宇宙事業準備室でそういった事務作業を一元化して行い、研究開発部門の方にはできるだけ研究に集中していただけるような環境を提供しようとしています。

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――研究開発部門が研究に集中できる体制がYOKOGAWAでも整ってきたということですね。実際にすでに社外と連携しての研究開発に取り組まれている東さん、その背景について聞かせてください。

東:
日本における宇宙環境を使ったライフサイエンス研究は、今、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が中核となって、我々のような民間企業やさまざまな研究機関とともに進めています。なかでも、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」では、微小重力環境や宇宙放射線といった、地上とは全く異なる環境を利用して、ライフサイエンスやバイオメディカル分野でのさまざまな研究や技術開発が行われています。これまでさまざまなモデル生物を使った実験などを通して、生命現象の理解や有人宇宙活動の拡大につながるさまざまな研究が行われてきましたが、現在、研究はさらに進展し、「きぼう」の中で生きた細胞を使った実験が頻繁に行われるようになってきています。例えば、細胞が重力をどのように感じて、それをどのように活かしているのかを解明する重力感受機構の研究や、再生医療のための研究などが行われています。そのような実験では、宇宙環境の場で生きた細胞や組織のダイナミックな立体構造の変化を観察することが不可欠になります。そのような背景からYOKOGAWAも開発に携わった顕微鏡システムが2020年に「きぼう」に搭載されました。

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――具体的にはどのようなシステムなのですか。

東:
COSMICと呼ばれるこのシステムは、JAXAからの委託を受けて千代田化工建設株式会社が開発した宇宙実験用の顕微鏡システムで、この顕微鏡は細胞組織の立体観察に広く用いられる共焦点顕微鏡の機能を有しています。そのコアとなる共焦点スキャナにはYOKOGAWAのCSU-W1が採用されています。 生きている細胞の活動を高速・高精細に観察したり、生きたまま長時間観察することができるなどの特徴を持っています。

――共焦点スキャナの開発が始まった時には、まさか宇宙分野に応用されるとは思っていなかったのですよね。

東:
おそらく最初の開発者の方も、共焦点スキャナが実際に宇宙実験で使用されることになるとは想像していなかったかもしれませんね。YOKOGAWAの共焦点技術は、今や最先端のバイオ研究や創薬などに広く使われるようになっています。そのような中、地上研究で実績がある研究機器を宇宙実験でも使いたいという先生方の声により、CSU-W1の「きぼう」への搭載が実現しました。

――宇宙のための研究ではなくても、それを宇宙に利用できるというお話ですね。YOKOGAWAの技術が宇宙開発に応用できる可能性についてはいかがでしょうか。

白津:
はい。今までの宇宙開発はIAではなかなか参入の糸口が見つかりませんでした。しかし、月には地面があり、また、具体的に水から水素や酸素を作るアプリケーションが明確になった段階で、YOKOGAWAとしてそこにビジネスポテンシャルを見出だしたわけです。

――見出したポテンシャルについて、具体的に教えてください。

白津:
宇宙事業準備室はさまざまなことに力を入れていますが、IAにつながる話としては、民間による月面探査を進めようとしています。月にプラントを作りIAビジネスを展開することがゴールですが、そこだけ聞いてもピンとこない方が多いのではないかと思います。これにはビジネスドライバーが2つあり、まず、アルテミス計画のように5年間で3兆円といったような莫大なお金が入ってくるという点があります。もう一つは、月で水が見つかったことに関係します。水といっても液体の状態であるのではなく、水氷という氷の状態で見つかったのですが、これが大きなドライバーになっています。

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今、アメリカや日本を含めていろいろな国が探査機を飛ばして、どこに水があるかを衛星からリモートセンシングで探しています。これは学術的にも十分意味のあることなのですが、この水が実はすごく重要なポイントです。というのも、水を電気分解すると水素と酸素ができ、これがまさにロケットの燃料そのものになるからです。月でのエネルギー源として、月に燦々と当たる太陽光を利用した太陽光発電が考えられます。しかし月には昼と夜があります。昼間に太陽光で集めた電気によって水を電気分解し水素に変換し、それを蓄えておけば、夜の間もこの水素を利用して発電できます。このように、月に水があるということはそれをさまざまな形で利用できる素晴らしい可能性を秘めているわけです。さらに、ゲートウェイ計画では月よりも先の火星、深宇宙の探査を目的にしています。そうなると、地球から燃料を運ぶより月で燃料を作ってそこから運ぶ方が、遥かに効率が良くなります。このように、水がある、且つ具体的なデマンドがあるというところから、月の水氷を水素にしてそれを活用しようという試みが各国でも本格化し、産業界でも大きな動機になっているという状況です。

Yokogawa×宇宙_13先ほどいろいろな国が水氷を活用しようとしているという話がありました。しかし、これを産業面から見ると、氷があるだけでは不十分で、例えばそれを採掘するコストなども考慮して、産業として成立する部分はどこかを探す必要があります。そのためにプラントエンジニアリング会社や宇宙スタートアップなどと産業向けに有用な情報を取るための月面探査の準備を進めています。こうした月面探査を通して、宇宙企業としての実績を積み上げていくことを目指しています。また、実際に月に行ってさまざまなものをセンシングすることで月の状況がわかります。さらに、YOKOGAWAは計測と制御と情報の会社ですが、プラントをつくる時には当然この3つがすべて必要で、水素のプラントでも計測と制御は必要になりますし、さまざまな制約がある中で効率的にバリューチェーンを動かすためには情報を使ったマネジメントシステムを組まなければなりません。この探査計画を通して月の知見を得て、また、月で使う機器の知見を得て、将来的にはプラントの仕事につなげていくことを考えています。YOKOGAWAではIAが現在最大のビジネスですので、そのビジネスが実は月面でも展開可能であると捉えて取り組んでいこうとしています。

――YOKOGAWAには、宇宙ビジネスの素養があったということですね。水を測るという研究については今どのような状況ですか。

白津:
先ほど月の探査で水を探すという話が出ましたが、そこにYOKOGAWAの「TDLS」というガス成分を測定するセンサーを載せようとしています。地上で測定する場合はどこに水分があるかあらかじめわかっていますし、測定条件もすべて明確なので問題ありませんが、月ではまずどこを測ればよいのか、測ろうと思っている地点はどんな土壌の状態なのか、そこから調べなくてはなりません。また、月では多少気圧はあるもののほぼ真空で、そうした極めて低い気圧且つ低温という条件のもとでは、例えば少しドリルで穴を掘っただけでその熱で氷が気化してしまって測れないなど、まだ多くの課題が残っています。今、その課題をひとつひとつ、アカデミアの先生方、中でも惑星科学の最先端にいらっしゃる先生方と、どうやったら正確にそこに水があるかどうかを測定できるかを研究しています。一言で「測る」といっても、未知の対象を測るというのは大変面白い検討で、過去の論文などの情報やアカデミアの協力を得ながら、何とか達成しようとしているとところです。

――2021年10月にJAXAの宇宙探査イノベーションハブによる研究提案募集において、YOKOGAWAイノベーションセンターの光ファイバセンシングが採択されました。既存の技術を宇宙にも応用しようとする際に宇宙準備事業室がどのように貢献しているか、福間さんにお伺いしたいのですが。

福間:
JAXAの宇宙探査イノベーションハブは2015年にJAXAが始めた仕組みです。民間にとって宇宙事業はすぐに結果が出るというものでもないですし、まだまだ簡単には参入できません。そこで、JAXAとしても民間における宇宙技術の開発を後押しして、流れを加速させるために、こうした仕組みができたわけです。具体的には、JAXAと民間の産業界の共同研究開発という形で、まずは地上で実装できる技術を宇宙探査に生かすことを目指し、オープンイノベーションとして取り組んでいます。このたび(2021年)YOKOGAWAの光ファイバセンシング技術がRFP(Request for Proposal:提案依頼書)に採用され、JAXAと初めて正式に共同研究開発契約を結ぶことになりました。そこで宇宙事業準備室が研究と契約の事務処理周りをサポートしています。

 

白津:
少し補足します。JAXAの宇宙探査イノベーションハブでは、RFPの前にまずRFI(Request for Information:情報提供要請)の募集があります。宇宙利用を目的としつつ、研究開発の成果が地上での社会実装(イノベーション)にもつながる可能性がある技術情報を募るものです。RFIとして集められたアイデアが公募課題として練り上げられ、RFPになります。ですので、採択された光ファイバセンシング技術の件は受身ではなく、YOKOGAWAから積極的に提案しているということになります。

――Part2では引き続き現在の取り組み、そして今後の展開について伺います。

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――Part1に引き続き現在の取り組みについて伺います。宇宙利用の今後のビジネスチャンスというところで、内田さんの研究テーマでもあるリモートセンシングについて教えていただけますか。

内田:
まだまだ若い市場ですから、まずはエントリーチケットを獲得していくためにも何とか実績づくりを進めたいと思っています。衛星画像データ市場、リモートセンシング市場の現状をお話しますと、これまでは主に官公庁主導で人工衛星の運用やデータの取得が進められていました。もし民間企業が衛星データを使いたいといった場合は、データ購入からデータ解析、その結果の解釈まですべて自前でやらなければならず、決してハードルが低いとはいえませんでした。また、官公庁が打ち上げるような衛星はすごく大きなもので、基本的に軍事衛星が多かったこともあり、撮影の頻度も場所も限定的だったため、民間がビジネスで使えるような柔軟性を持ち合わせたものではありませんでした。それがここ最近、スタートアップ企業もこの衛星データ市場にどんどん入ってきて、小型衛星も打ち上げられ、機動力が上がってきています。また、解析手法も機械学習やAIなどの技術の進展によって、エンドユーザ側で解析をカスタマイズできる環境が整ってきています。その解析結果を閲覧できるサービスでも、民間でビジネス展開ができる状況になりつつあります。

satellites顧客層についても、これまでは官公庁が軍事目的や安全保障の観点からデータを活用するケースが多かったのですが、民間ビジネスで衛星データを使う流れが強くなってきています。これまでは特定ユーザがデータを少量ずつ購入していたのに対し、特定の企業が一括で衛星データを購入、解析して、不特定多数のユーザに提供していくというビジネスも生まれ始めています。また、これまでは衛星解析が前面に出ていたようなサービスが多かったですが、今後は、バックエンドで衛星データが単なるインプットデータの一つとして扱われる、そういった動きが主流になってくるだろうと思われます。

そうした中、リモートセンシングデータは、昨今のデジタルトランスフォーメーションのようなビジネス改革のイネーブラーとして寄与できるのではないかと我々は見ています。人工衛星データの特徴として、広域で、多くの対象物を、遠隔から把握できることがあります。そういったニーズに対して、人工衛星のデータを組み合わせることで、主に産業分野の方々の的確な状況把握や速やかな施策実行に繋がり、結果的にオペレーションの高度化というような価値をお客様に提供できると考えています。これについてもう少し具体的に申し上げますと、人工衛星で取ったマクロデータと、お客様が日々のオペレーションで管理するミクロデータを一気通貫で繋げて、経営や操業を見ていくことができるという可能性を秘めているということです。

――参入時期としては、今だったらまだ間に合うという感じなのか、それとも現時点ですでに後発になるのでしょうか。

内田:
衛星データを提供する側の視点で見ると、光学衛星のデータ提供はもうすでに事業者がたくさんいるので難しいかもしれません。一方で、レーダー衛星はグローバルでもまだ数社しか小型衛星を作っている会社はありません。とはいえ、やはりデータを売るだけではいずれ頭打ちが来ますから、いかにソリューションとして、エンドユーザ側が使える情報を提供していけるかが今、業界全体に求められています。しかし、そこをブレークスルーできていないというのがここ2、3年の業界の実態です。そういった状況を加味すると、まだまだYOKOGAWAとしてそこに参入し、一つ突き抜けられる可能性はあると考えています。

白津:
リモートセンシングの成長率ですが、2030年、40年までずっと一貫して10%以上です。今の市場規模が地球観測含めて2600億円くらいです。それが今後10%ずつずっと伸びていくという、すごく注目のエリアになります。

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――ぜひエントリーチケットを獲得して、まずは参入していきたいところですね。先ほどの光ファイバセンシングの事例もそうですが、YOKOGAWAにとっての宇宙ビジネスチャンスは、さらに広がりを見せるでしょうか?

福間:
そうですね。例えばBlue OriginやSpaceXなどの宇宙ベンチャー企業が、これまでの使い捨てロケットではなく、再利用可能なロケットの開発を進めています。JAXAもその研究に乗り出していますが、この再利用型ロケットではこれまでよりもますます信頼性や高い安全性が求められるようになります。先ほど触れましたJAXAの宇宙探査イノベーションハブには共同研究を通じて得られた成果を社会実装にもつなげやすいといった特徴があり、ビジネスチャンスとしても捉えています。

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――オープンイノベーションの延長線上に宇宙も入ってきているということなのですね。その際に、法務などの点でバックアップをしていただくということですね。

福間:
国が行うプロジェクトは契約関係も複雑になりますし、事務処理も普通の大学との研究に比べて多いので、そういった部分を宇宙事業準備室で取りまとめています。契約となると法務や知財も関係してきますが、宇宙事業準備室でこれらを一元化してサポートしています。

白津:
YOKOGAWAは理系のイメージが強いかもしれませんが、実は文系の方が活躍するフィールドがたくさんあります。今後ビジネスを拡大していくためには、企業間の関係構築や、あるいは買収などの場面で当然法務などの文系の力が必要になります。また、先ほど月の水を探査する話をしましたが、実は、条件の良い土地や水の情報をデータビジネスにしようというアイデアがあります。そうするとそれが国際法上どうなのかといった点も詰めていく必要があり、理系だけではビジネスを構築できないような、本当にフロンティアの領域で今仕事しているという状況です。

――地球だけでなく月でも土地の所有の問題があるのですね。

白津:
これについては1967年の国連合意があるのですが、最近、アメリカ、ルクセンブルグ、イギリス、日本では宇宙資源法を作り、採掘した民間企業の権利を定義しています。ただし、こうした法律があるのはこの4ヶ国だけです。今はアメリカがその中に入っているので実質的に国際スタンダードになっていますが、今後は中国やロシアの動向などもあり、まだまだ簡単ではない分野です。国際宇宙会議の中でこうした法律的な議論のために1コーナー設けられるほどで、宇宙というものが科学技術や資源探索だけでなく、法律部門の人にも注目されてきています。

福間:
そうですね、宇宙法や宇宙政策が今後どうなるか、その動向が注目されています。例えば弁護士会でも若手を中心に宇宙法について研究しようというグループができるなど、宇宙ビジネスの活発化を背景に議論がなされ始めていて、今ホットになりつつある分野です。特に、宇宙ビジネスのルールは、条約だけでなく法的拘束力を持たないソフトロー(Soft Law)による部分も多いです。宇宙ビジネスのような新たなビジネスを推し進めていく上では、各国法制の動向やルールメイキングの側面にも目を向ける必要があります。また、政府主導のプロジェクトのみならず宇宙分野への民間の参入が加速する中で、知財戦略もますます重要性を増してきますね。

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――AIにもAIガバナンスや意義的にどうか、というような、研究とはまた異なるアプローチがあります。

白津:
宇宙開発についても、本当にそれでいいの?という、倫理面についての検討も始まっています。

――実際にビジネスをしていくのであれば、そういうことにもクリアしないといけないということですね。これまでリモートセンシング、共焦点スキャナ、宇宙ビジネスとお話を聞いてきましたが、今、宇宙でやっていることを地上に戻す、例えば自動車メーカーがF1で得た技術を普通の自動車に転用するのと同じようなことは可能なのでしょうか。

内田:
まず、YOKOGAWAなどの民間企業も含めた宇宙領域のプレーヤーは、なぜ宇宙に投資をするのかとよく聞かれます。YOKOGAWAで宇宙ビジネスを推進するメンバーとしては、「宇宙を考えることは、すなわち地球を考えること」だという思いを持って進めています。というのも、宇宙のような極限環境で、空気や水、食料、電力といった資源を循環させる新しい技術を確立し、それを地球に転用できれば、地球環境の改善にも寄与できるかもしれないからです。いわゆるデュアルユースと呼ばれるものですが、このような地産地消型の省資源技術や、リサイクル技術も含むサーキュラーエコノミー、エコシステムを構築する技術は宇宙での極限環境でも求められていますし、地球の課題解決のためにも貢献できると考えています。

白津:
YOKOGAWA独特の技術を活かせることもあります。先ほど月面にプラントを作るという話をしましたが、地上であれば当然プラントにオペレーターがいて、何かあったときには対処できるようになっていますが、月ではそうはいかない。基本的に人がいないという状態でプラントを動かす必要がありますから、月でプラントを作るには自律制御が必要になります。そして月での自律制御の技術開発ができれば、それを地上でも展開できます。例えば、水素を利用するマイクログリッド(小規模電力系統)を作って、それを発展途上国や離島に送る場合、必ずそこに有識者がいるとは限らず、ちゃんと事業ができるとは限りません。そうした場合にも自律制御ができれば展開しやすい、つまり地球の皆さんの幸せのために転用できる可能性があります。あるいは遠隔監視操業でも、月にあるプラントを地球から遠隔で監視する場合、片道1秒、往復で2秒、電波の送信にかかってしまい、そのタイムラグをどう吸収するかという問題などがあるのですが、こうした問題が解決できれば、離島や発展途上国で発電プラントを日本から安全に操業することもできるようになるのではないかと思います。

――確かにコロナ禍になってから、リモート監視やリモートオペレーションが注目されていますが、自動化や自律化もそうしたアプローチで捉えることができますね。

白津:
そうですね。実際、コロナの環境下で中央制御室に人が入れないという問題がさまざまなところで起きましたが、それも確実な遠隔操縦ができれば、たとえパンデミックが起こっても安心して事業を継続できるようになります。

――宇宙で行われる実験については、今後どのようなことが期待されているのでしょうか。

東:
ISS(国際宇宙ステーション)では世界15ヶ国が協力して計画を進め、「きぼう」日本実験棟をはじめとする複数の実験モジュールで様々な実験が行われています。そして生命科学や創薬・材料研究などの様々な宇宙実験の成果が、地上における研究開発や産業活動の進展につながっています(図1)。
例えば、軌道上では、重力がかからないために骨や筋肉が地上よりも顕著に減少することを利用した生命科学実験が行われています。これによって新たな骨粗しょう症治療薬候補の効果が確認できたり、筋萎縮原因の解明などが進められたりしています。また、微小重力環境ではタンパク質のような複雑な分子でも高品質な結晶を作ることができます。宇宙で作られた高品質な結晶を地上に持ち帰ってX線結晶構造解析を行うことで、従来よりも精密な構造解析が可能となり、医薬品などの分子設計に役立ちます。実際に宇宙で作られた結晶を利用して、筋ジストロフィーや歯周病治療薬などの新薬の開発が進められています。このような実験を通じて、地上の人々の疾病の予防や治療法の開発につながっていくと考えています。

宇宙環境を利用した実験の特徴

図1:宇宙環境を利用した実験の特徴

また、地上では調べることが難しい物性の測定や新機能材料の創製にも宇宙環境が利用されています。微小重力環境では、溶融させた物質であっても静電気力を使って一定の位置に浮遊させて保持することができるため、物質を溶かすための容器が不要となり、容器からの不純物の混入を防ぐことができます。これにより、純粋な物質そのものの性質(密度、粘性、表面張力など)を調べることができます。このような実験によって、結晶成長などの材料生成メカニズムが解明され、高品質・高機能材料の開発につながっています。さらに、閉鎖環境である国際宇宙ステーション(ISS)では、生命維持に欠かせない空気や水などの資源の再利用技術の開発が進められています。ここで培われた高信頼性・高効率な水再生技術は、水道インフラの整わない地域や被災地での利用や、サステナブルな水利用への貢献が期待されています。

国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」の外観

図2:国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」の外観 (出典:JAXA/NASA)

――現時点で行われている研究開発を地上での他の研究や開発にフィードバックすることは可能ですか。

東:
現在、このような研究開発が行われているISSの実験設備のいくつかは、民間企業が宇宙実験サービス提供事業者となってビジネスを展開し、多くの企業がそのサービスを利用して技術開発を進めています。これらの企業はイノベーションの場として宇宙を利用し、地上での研究開発を加速させ競争力を高めることに役立てています。2030年のISS退役後を見据えて民間企業が新たな宇宙ステーションを建造して実験サービスを提供する計画もあり、宇宙を利用した研究開発が今後も様々な形で地上の人々の豊かな生活、すなわちウェルビーイングの実現に貢献していくと考えています。

東

――宇宙というと、イーロン・マスク(SpaceX創業者)や前澤友作(ZOZO創業者)さんなど、富豪の人が道楽で投資しているようなイメージがありましたが、こうしてお聞きすると、今のウェルビーイングもそうですし、先ほどの白津さんの水素や酸素のお話を聞くと、これも今地上で行っているグリーンエネルギーやブルーエネルギーなどに近いなと思いました。

白津:
そうですね。太陽光で水素を作るのはグリーン水素と呼ばれ、完全にゼロカーボン、ゼロエミッションのものです。これがうまく回るようになるといろいろな所で問題解決につながると思っています。

――最後に内田さん、イノベーションセンターとして、宇宙ビジネスに今後どう貢献していきたいかを教えてください。

内田:
宇宙から地球を見て、地上では測れないものを宇宙からの目を使って測定できるような技術開発をやっていきたい、そうした新しい物差しを持って産業を測っていきたいです。YOKOGAWAは、「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす」をYokogawa’s Purposeに掲げています。この「測る力」については、そういった物差しを持ちたいと考えています。また、「つなぐ力」についてはさまざまな意味があると思います。先ほどニュースペースに多くのスタートアップ企業が参入している話をしました。彼らにも、エンドユーザへのアクセスが難しい、技術的にもう一つ足りない、補いたいということが多くあります。そこで、そうしたプレーヤーたちをYOKOGAWAがうまくつないで、スタートアップの技術やネットワークを広げていくことができれば、宇宙ビジネスもより加速していくのではないか。ラストワンピース、ラストワンマイルの部分で、大企業のR&D組織だからこそ動けるところがあるのではないかと信じています。

――YOKOGAWAが宇宙ビジネスに参画すると言われても最初はピンときませんでしたが、60年前から宇宙と関りがあったこと、「測る力とつなぐ力」が活用できる場が宇宙にあることを実感することができました。本日はありがとうございました。

集合写真


宇宙実験用に共焦点スキャナユニット「CSU-W1」が国際宇宙ステーション(ISS)に到着(プレスリリース)

JAXAの宇宙探査イノベーションハブで採択された研究を開始(プレスリリース)

政学産連携の「月面産業ビジョン協議会」に参画、とりまとめた提言を日本政府に共同で提出(プレスリリース)

参考文献:JAXA 有人宇宙技術部門:“きぼう利用戦略 第3版”

 

 

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