横河電機は、1915年(大正4年)に、電気計器のメーカーとして第一歩を踏み出しました。それ以来、日本の産業とともに歩んで参りました。ここでは、横河電機の足跡とともに、産業の分野にもスポットを当て、横河アーカイブズの所蔵品を織り交ぜながら、『横河電機の歩みと産業の発展』をテーマに、毎回切り口を変えてお伝えして参ります。
日本の産業振興は明治維新とともに始まり、欧米の文化とともに外国の品々が渡来するようになりました。時が経つにつれ、輸入品は性能が高く価値のあるものとして、あらゆる層に浸透して行きました。外国製品が身近になり電気を使う生活が広まるにつれ、海外で使われている単位が一般の人々の暮らしにも影響を及ぼして行きました。情報伝達もままならない時代に、通貨・服装・髪型・芸術・建築物から食文化や生活様式まで様々な場面で生じた劇的変化を、当時の人々がどのように受け止め乗り越えたのか、興味は尽きません。
長きにわたり天下統一を果たした徳川幕府も、1867年(慶応3年)に、徳川慶喜による大政奉還で幕を下ろしました。翌年の1868年(明治1年)、日本は明治維新を境に新たな時代に突入しました。しかしながら、海外の情報や物品を呼び込むには、いくつものきっかけが必要でした。後に明治政府の礎を築いた人物や実業界に貢献した人物が、この時期に使節団に加わり海外を訪れていました。明治・大正期の企業設立に貢献した渋沢栄一は、パリ万博使節団メンバとして、1867年から2年に亘り欧州諸国を巡りました。また、1871年から1873年まで、特命全権大使の岩倉具視率いる米欧使節団が12カ国を回るなど、当時の欧米諸国の情勢が日本にもたらされる道筋が開かれました。こうして、日本は近代産業化への道程を辿り始めたのでした。
第一話 明治維新前後の計量器具